チェーン・ソーの男

翌朝バイトに行かなくてはいけないというのに、人殺しがやめられない。何十人も殺している。自分の身を守るためだ。とはいえ、1人のダメ人間のためにたくさんの農民の命が失われたことになる。やはり人の命は等しくなかった。自分の命が一番大切だということだ。人類の滅亡と引き換えに自分の命が助かるなら、ちょっと迷ったすえにその取引に応じるだろう。そして新世界で独り、退屈を謳歌するのだ。


今日、手強かったのはチェーン・ソーを持った男だ。恐ろしいことに頭にズタ袋を被っている。表情が見えないために恐ろしいのだ。顔を隠しているのは、こちらを恐がらせるためとか、身元が割れないようにするためとかじゃなくて(そんなに頭が良いとは思えなからな)、醜い顔をしているからにちがいない。それは生まれつきじゃなくて、病気で顔が腫れてしまったとか、酷い火傷を負ったとか、そういった理由で後から、たぶん思春期のころに醜くなったんじゃないかと、なんとなく思う。


とにかくチェーン・ソーの男は強かった。ショット・ガン(昨日途中で拾った)の弾を受けて倒れても、倒れてもまた起き上がってきて、チェーン・ソーで切り付けてきた。おれは何度も体を切断されて死んでしまったが、何度もよみがえって戦った。死闘のすえ殺した男の体はその場で消えてしまった。だから、けっきょく顔は確認できなかったのだ。


どうして消えてしまったのか、正確にはわからないが、たぶん蒸発したんじゃないかと思う。消える少しまえに液体になって、そのあとぐつぐつとした泡が見えたからだ。もともと沸点が低かった(常温以下)のが、生きているうちはなんらかの力で蒸発が抑えられていたのではないかと思う。人間じゃないかもしれない。そういえば他の人もそうだったように思う。