また無職になった日のこと

逃げるようにしてバイトを辞めてしまった。ここ3日間はミステリを読んだりゲームをやったりして現実逃避していた。寝る時間もめちゃくちゃになってしまった。これからのことを考えなければならない、とは分っているつもりだけど、あまりにも唐突で最悪な辞め方をしてしまって、後悔があるし、正直まだカタが付いていないような感じなので、おれの精神状態も宙ぶらりんだ。なにかを書くことが、気持ちを落ち着かせるのに役立つという確信はないけれど、そのときの状況を、恥を忍んで具体的に書いたら、それは過去のことになってくれるだろうか。


その日、2週間ぶりの出勤予定だったのに、もう行かないことにした。行けないと思った。玄関の前になぜか壁があって、それを乗り越えないと出勤できない。これまでは、なんとかギリギリでクリアしてきていたのだけれど、その日の壁はとても高く見えたし、体がなまっていたし、カバンも重かったから、無理だった。誰がなんと言おうと無理だった。無理じゃなかったら、ちゃんと出勤できていたはずで、出勤できなかったのだから無理だったのだ…、と思う。


会社に電話して、そんなことが通用するとは思わなかったけれど、「精神的な理由で、今日辞めます」と告げた。
「1ヶ月前に言わないと認めない」という返事。
もっともだと思う。しかし、「じゃあやっぱり行きます」とは言えない。折れた気持ちは元に戻らない。
「そんなことをしたら、心が壊れてしまうよ!」 理解して欲しいとは思わないので心のなかで叫んだ。体の病気や怪我だったら我慢して出勤できるのにと思う。


電話の向こうの年下の社員は呆れているが、バイトスタッフを出勤させるという仕事を忠実に実行しようとしていた。おれの方は恥も外聞もなかった。「もう行かない」ということが最優先事項だった。お互い折れることはないので、電話は永遠に続くかと思った。向こうが正しいことを言うので、こちらは黙ってばかりだった。


「浅野さん、もういい歳なんだから、そういうのやめにしましょうよ。」
そんなつもりじゃなかったのかもしれないけれど、「説教するのも面倒臭いんだよ、このダメ中年が!」という雰囲気を感じて、情けなくて泣いた。
泣いたことを気付かれたくなくて受話器を離した。そのまましばらく呆けていた。何度も「もしもしー、もしもしー」って小さな音で聞こえていたけれど、気が付いたら静かになっていた。まだ電話がつながっているのかどうか、確認するのも怖くて、そのままモジュラージャックを引き抜いた。


前にもこんなことがあった。高校に行かなくなったとき、担任からきた最後の電話の終わり方がそうだった。


モジュラージャックはまだ繋いでいない。